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エルカホンドラム個人ノート

Doblogより移りました

触れぬ触れ合い

好きとか嫌いとかって作り手のイメージを理解できて初めて判断つくんだよなぁ。

みんなきっと何かしらに自分の気持ちを伝えたいと思ってるんだよな。
それは大事に思っている人であったり、生き物であったり、お気に入りのものであったりするんだろな。
大まかにくくると愛する対象であるわけだ。

自分も愛する対象にはどうにかして自分はこういう風に思っている、俺はこういう風に感じているなどという気持ちを伝えたいと常に考えて生きている。
でも自分なんていうものは自分が一番わかってないもんだからどうにかして伝えたいとしていても、うまくいかないことがある。
気持ちを伝える方法はまったく知らないわけではない、ちゃんと知っている。
ひとつの手段として手をつないでみる、抱きしめてみる、ちゃんと言葉で伝えるってことをすれば伝えられるのは知っている。
それはそれでいいのかも知れないけど、自分としてはあまりうまくないような気がして、それは伝えるっていうことの最終手段というかちょっと安易過ぎるような気がして、あまりうまくない。
それをする前にまだ相手に伝えられる方法というものが絶対にあるはずなんだ。
だから恋人であったり、大事に思っている人との関係がこじれたらすぐ最終手段をとるのはどうもうまくない。

もっと空気というか雰囲気でもいい。
会話でもいい。
体と体の接触でなく心から心への伝達、気持ちの共有みたいなことが出来たら幸せだ。
大事なもの、人、人たちがすぐそこにあって、すぐそこにいて、お互いがその雰囲気の流れに任せている。
そういう時間を過ごせたら幸せだろうなぁ。

そうすればよくニュースとかでやってる変な事件なんて起こりはしないだろうなぁ。
あ、でも変にお互いがこじれた関係であったりするのであれば、そういう時は変に時間をかけず、最終手段をとった方がいいだろうなぁ。

我が子が心を完全に閉ざしている、閉じこもったりしてしまっている場合などはこちらが伝えたいとしていても相手の心まで届かないだろう。
時間をかけるってことはその問題をちょっとずつはがしていくようなものだ。ちょっと表面をペリペリはがしたところで、核となる部分にはなかなか届かないだろう。

効果があるかないかは別として最終手段は直接核の部分に届く方法のひとつだ。
問題を一気に解決は出来ないかもしれないが、自分がどういう気持ちかというのは伝えられるだろう。
悪循環のルツボにはまってしまっていて、しっかりとした気持ちがあるのは確かなのにそれを相手に伝わない、どうすりゃいいのか分からない時というのはもうそれは最終手段のときだ。
やるべきだ。

音楽ってのは、(自分は音楽が好きだから)音楽からなんとなくその人の気持ちを汲み取れる気がする。
それは自分の中で勝手に繰り広げる幻想なのかも知れないが、その曲から空気見たいな雰囲気が感じ入れる気がする。
そういう曲に出会えた時、そういうライブを見れたときは幸せだ。
思い、気持ちがジワッと入ってくる感覚を感じれるときは小さいかもしれないけどすごく幸せだ。



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  1. 2008/05/04(日) 00:57:37|
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